「出来る」ことと「出来るようになる」ことの大きな違い

身体を支えるのは骨。

というのは前回のお話で。


動力は重力です。

筋肉は?っていうと制御の為のどっちかって言うとブレーキ。


「動力は重力」というのは、立っていて、身体を前に倒せば、身体は倒れたくないから無意識に足を出します。

その繰り返しが"歩く"ということで、足は身体に付いてくるものです。


足を前に出して歩くのは「筋トレ」にはなるかもしれませんが、非効率。


顔を洗ったりする時などは股関節から曲げるようにお尻を後ろに突き出すと、勝手に頭が下がってきます。

お尻と頭で重さを調整するので、負担がどこにもかかりません。


腕を上げるというのは、肩甲骨を下げることで肩を支点に挙がるのが本当。


身体を動かすというのは重力を上手に使うことなのです。


20世紀は"筋肉信仰"の世紀で。


筋肉は繊維の集まりで、大事なのはその量とか太さでは無く

「どれだけ細かく使い分けが出来るか」

なのですが、勘違いが続いてしまいました。


私たちは最初に見聞きしたものを「正しい」と判断してしまうクセがあり、鳥が最初に見た動く物を「親」だと認識する刷り込みに似た機能を持っているんですね。

そして自分が見聞きした、体験したものが「正しい」と考えてしまう傾向もあります。

「昔より暑くなった」

「大災害が増えた」

「病原菌は怖ろしい」

「この薬が効いた」

「善玉菌、善玉コレステロールは良いもの」

「戦前の日本は悪だった」

「江戸以前の日本では女性が虐げられていた」

「縄文時代は原始的な生活だった」

「文明は中国から朝鮮経由で全て輸入された」

「原爆は怖ろしい」

「原子力はクリーンエネルギー」

「石油は無くなる」

「温暖化を食い止める為にCO2を削減しなければ」


科学はこの世の中を今の人間の知力で理解出来たほんの僅かな部分しか無く、常に新しい知見に上書きされ続けているもの。

つまり、今「正しい」ことが明日正しいとは限らない、というかほぼ100%上書きされていきます。


歴史はどこをどう切り取るかで180°見え方が変わります。

気象庁が「観測史上」とか言ってるのは「今の」観測方法になってから、っていうだけの話で、台風も地震もかつての方が大きなものが日本を襲っている記録はいくらでもあります。

確かに数十年以前よりは気温は高くなっているかもしれませんが、平安時代も縄文時代も今より気温は高かった。

まして恐竜のいた時代ならもっと暖かかった。

じゃあ誰がCO2を排出してたんですか?

恐竜の吐く息ですか?

だったら今のCO2削減方法は間違ってますよね。


重い物を持ち上げるのに筋力が必要だと言うのなら、一所懸命に鍛えて筋肉モリモリの誰が米俵を3俵、5俵と担げるんですか?って話でね。


腰痛の予防に「腹筋を」とか狂ったことを言う医者がまだいるとは思いたくありませんが、自らの不調を「筋力不足」から発していると考える方は少なくありません。

そうじゃなくて、使い方の問題なんですよ、と。

使い方が間違ってる以上、いくらアシストをしたところで、負担は軽減するかもしれませんが、蓄積が無くなるワケではなく。


しかも"ラク"になることで、より身体の使い方がぞんざいになり、様々な弊害が訪れるだろう事は容易に予測出来ます。


CMでもありましたが、装着して勝手に演奏出来る装置を付けて嬉しいのか?って。

成長する悦び、自分で出来るようになる嬉しさを剥ぎ取られた先に何が待っているんでしょうね。


自分の力を使わなくなる程に、脳も身体も衰えていきますから、より強力なアシストが必要になっていきます。

行き着く先は機械の身体?


身体と心はリンクしてます。

皆が同じ身体を持つようになったら、多様性を保ちここまで繁栄してきた生き物は終焉を迎えることでしょう。


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